意見書・要望書
新たな国立公文書館の整備に伴う外交史料館および外交文書の扱いに関する要望書(2019年5月24日)
令和元年5月24日
外務大臣
河 野 太 郎 殿
東アジア近代史学会 会長 檜山 幸夫
同 副会長 岩壁 義光
同 川島 真
同 櫻井 良樹
同 松金 公正
新たな国立公文書館の整備に伴う外交史料館および外交文書の扱いに関する要望書
東アジア近代史学会は、日清戦争100周年を記念して開催された国際シンポジウムを母体として、平成7年(1995)12月の発足以来、東アジア地域近代史の多様な視角からの研究およびその普及を目的として、日々、活動に取り組んでおります。主な構成員である研究者および大学院生は、日本・韓国・中国・台湾など東アジア諸地域に関する近現代史研究を専攻しており、外務省外交史料館の史料を積極的に利用しております。
さて、新たな国立公文書館(以下、新館と略記)の設置につきましては、平成28年(2016)3月に「国立公文書館の機能・施設の在り方に関する基本構想」が、平成29年3月に「新たな国立公文書館の施設等に関する調査検討報告書」が取りまとめられました。さらに、新館建設予定地として、平成29年3月に「新たな国立公文書館建設に関する基本計画」が決定されました。「世界に誇る国民本位の新たな国立公文書館の建設を実現する議員連盟」をはじめとする、各方面のここに至るまでのご活動に、まずは深い敬意を表します。新館における展示・学習、調査・研究機能の整備や拡充など、議員連盟がその設立趣意書で掲げられた理念や方向性について、私たち歴史研究者としても、強く賛同するものです。
ところが、こうした活動や諸決定が進められるなか、外務省外交史料館(東京都港区麻布台)を新館に統合する構想・計画があると聞き及びました。本件につき、私たちは、外交史料館が引き続き独自の設備と空間を有する機関として存続することを以下の三つの理由から要望するとともに、さらに同館の人員と機能の拡充・強化につき、強く要望致します。
外交史料館が独自の設備と空間を有する機関として残すべき第一の理由は、新館に統合されてしまうと、外交文書の公開事業に対する取り組みが後退すると懸念されるからです。
他の中央省庁と比べて、外務省は同事業に積極的かつ先進的に取り組んできました。昭和51年(1976)には、国際標準である「30年公開ルール」に従い、戦後外交記録の公開を自発的に開始しました。平成22年には、外部有識者が参画する「外交記録公開推進委員会」が外務省内に設置され、その信頼性をさらに高めています。
しかしながら、外交史料館が新館へ統合されると、外務省と比べ大きく後れをとっている他省庁の公文書の公開・開示事業に集約・拘束され、外務省におけるこれまでの優れた公文書公開の取り組みと実績が大きく損なわれてしまう可能性があります。この危惧が払拭されない以上、私たちは、新館への統合に反対せざるを得ません。
第二の理由は、統合されてしまうと、外交文書の編纂事業の停滞が懸念されるからです。
わが国における外交文書の編纂・刊行事業は、昭和11年(1936)の『日本外交文書』の刊行に始まりました。以来、現在までに221冊が刊行され、その内容は、国内はもとより国外からも高く評価されています。
ところが、外交史料館が新館に統合されると、外交史料館で所蔵・保存している「外務省記録」(外交文書)が新館に移管されてしまうことになります。「外務省記録」は、『日本外交文書』を編纂する上で不可欠な史料であり、同記録の新館への移管は、『日本外交文書』の編纂業務において不便であるばかりか、同事業を停止に追い込む危険性を孕んでいます。
編纂事業は、広範かつ丹念な外交文書の渉猟を必要とする、外注や委員(日本外交文書編纂委員)への委嘱では成し得ない国家的事業です。その実態は、アジア歴史資料センターで提供されるデジタル画像を利用すれば事足りるというレベルの作業ではなく、原本の閲読・調査を必須とする、想像以上に手間と時間が掛かるものです。ゆえに、主として事務官が担わねばなりません。現に、他国(外交文書編纂者国際会議の主要構成国)の外交文書編纂も、同様の方法にてなされています。
こうした『日本外交文書』の質を維持しようとするならば、その編纂体制および文書保存環境は維持されなければなりません。外交史料館の新館への統合に、私たちは何らの利点も見出しません。
第三の理由は、統合されてしまうと、わが国の外交史に関する専門的かつ歴史的な知見を有する外交史料館に、シンクタンク的機能を負わせることが困難になるからです。
外交史料館には、幕末以来の「外務省記録」が体系かつ網羅的に保存・管理されています。これらを十分に活用すれば、歴史的見地に立った、現今の外交政策に対する助言・アドバイスを実施するシンクタンクとしての位置づけも可能となります。そのためには、外交文書を(戦前・戦後期を一体なものとして)体系的にかつ独立した機関で専管的に保存・管理することが不可欠です。これは、東アジア地域において大きな問題を抱える現今の日本外交にとっても、さらには国民にとっても、大きく裨益することになります。
しかしながら、外交史料館が新館に統合されてしまうと、そうした機能を外交史料館が備えることは不可能です。国民の利益を考えると、今次の統合案には賛成できません。
このように、外交史料館や外交文書を新館に全面的に統合・集約することは、外交文書の公開状況を著しく後退させ、『日本外交文書』の編纂を困難にし、ひいては国民の理解や関心を遠ざけ、日本外交の体力を奪うことにもなりかねません。これらの点から、私たちは、引き続き独立し独自の設備と空間を有する機関として存続することを要望します。
同時に、以上を踏まえれば、必要なのは外交史料館の「統合」ではなく、むしろ同館の人員と機能の「拡充」「強化」であるとして、私たちは、以下のさらなる二点を要望します。
さらなる要望の第一は、『日本外交文書』編纂体制の拡充(専従事務官の増員)です。
外交史料館所蔵の「外務省記録」を紐解けば、幕末の開国以来、わが国が160年以上の長きにわたって展開してきた外交の過程をつぶさに窺い知ることができます。そこに胚胎される創意と工夫と苦悩は、先人外交官・外務官僚たちが獲得してきた、日本外交の「英知」にほかなりません。
ところが、それらを史料として編纂される『日本外交文書』の実質的な専従スタッフは、現在、わずか2名に留まっています。これは、あまりに貧弱な体制と言わざると得ません。『日本外交文書』に対する諸外国からの高い評価に鑑みれば、同事業は、国家的事業であると同時に、わが国の外交の信頼性を揺るぎない確固たるものに押し上げる根拠であり、国内はもとより国際社会においても大きく裨益し得るものです。
日本外交を取り巻く現今の状況をみても、歴史認識問題が政治問題化し、それがために国際社会との軋轢や対立を抱えています。こうした問題に「外交文書」を基盤として対応・対処することは、諸外国との意味ある「対話」を推進し、国際社会からの信頼と支持を獲得し続けるうえで不可欠な方法であり、戦術でもあります。このような価値と意義を有する『日本外交文書』の編纂体制を、専従事務官の増員というかたちで拡充することは、わが国にとって喫緊の課題といえます。
さらなる要望の第二は、外交史料館を外交史研究センターとして位置付けることです。
前述のとおり、私たちは、外交史料館に日本外交のシンクタンク的機能を負わせることは可能だと考えております。現在、外務省では、外交文書の公開に際して新規公開文書をデジタル化してウェブ公開する事業に取り組んでおります。これにより、国内のみならず海外からも、文書に容易にアクセスできる環境が提供されております。とりわけ、海外の日本外交史研究者らによって閲覧・利用されることにより、日本外交の「誠実さ」が理解され、わが国の外交に対して高い評価が与えられる一因にもなっています。ここに、「パブリック・ディプロマシー」としての大きな意義が見いだせます。
加えて、外交史料館では、毎年、外部からの講師を招いて、日本外交史や外交文書に関する講演会、研究会を開催しております。これらは、いずれも同館所蔵の「外務省記録」を基にした学術的価値の高い成果であると同時に、日本外交の「誠実さ」を生み出す歴史的背景を提供するという意義も有しております。『外交史料館報』に掲載されるこれら記事を、今後、英訳して外務省ホームページで公開すれば、外交史料館は日本の対外発信の拠点にもなり得る、外務省の貴重な「資産」でもあります。現に半世紀近く前、国立公文書館が設置されるに及んで、外務省が緊急に独自のアーカイブズ(外交史料館)を設置したのは、先人たちがこうした価値に気付いていたからです。「資産」を手放してはなりません。
以上のように、日本の学術研究、外交史研究を進展させ、「国民外交」推進の基盤をより確かなものとするために、私たちは、独自の空間と設備を有する機関としての外務省外交史料館の存続と、同館の人員と機能の拡充・強化につき、強く要望いたします。
(以上)