2021年度 第26回研究大会

日程・参加要項

日 程:2021年7月3・4日(土・日)
方 法:オンライン(Zoom)/ 事前申込制
参加費:無料
申込方法:
会員・非会員を問わず参加を希望される方は、下記のGoogleフォームからお申し込みください。Zoomと配付資料共有フォルダのリンク先URLは、開催前日(7月2日(金))に申込みのあった方に配信いたします(そのお知らせが迷惑メールに入ることがありますのでご注意ください)。

参加申込 ⇒ https://forms.gle/UeBw5agtP36CP4kh7 (締切7月1日(木)23:59)
大会プログラム及び趣旨文PDFデータファイル→こちらをクリックしてください。

第26回研究大会プログラム

 ◎大会シンポジウム「大戦間期の東アジアにおけるメディア」
◎歴史資料セッション「保存公開資料と歴史研究者の役割」

プ ロ グ ラ ム

○1日目(7月3日(土))
開会挨拶 11時~11時05分                          檜山幸夫氏(東アジア近代史学会会長)

自由論題報告(1)11時05分~12時15分(1人報告25分・質疑5~10分)
                                       司会:佐々木雄一氏(明治学院大学)
 日露協定(1896)に対する朝鮮の対応                           李穂枝氏(東海大学)
 日露戦中・戦後における日本の海洋進出―毛皮獣保護政策を中心に―                        
                                  高橋亮一氏(國學院大學・院、日本学術振興会)

休憩・昼食 12時15分~13時

歴史資料セッション「保存公開資料と歴史研究者の役割」13時~16時55分
 趣旨説明 13時~13時10分                                岩壁義光氏(法政大学)
 売られ散逸した私文書の来歴とその行方―太田宇之助および宮村三郎旧蔵史料を中心に―
                                          島田大輔氏(日本学術振興会)
 台湾協会所蔵資料に関連して                                  河原功氏(台湾協会)
 舞鶴引揚記念館所蔵資料のユネスコ世界記憶遺産への登録について            黒沢文貴氏(東京女子大学)
  休 憩 15時35分~15時50分
 コメント 15時50分~16時10分                              熊本史雄氏(駒澤大学)
 討論・総括 16時10分~16時55分                              司会:岩壁義光氏

○2日目(7月4日(日))11時~12時10分(1人報告25分・質疑5~10分)
自由論題報告(2)
                                         司会:高江洲昌哉氏(神奈川大学)
 グンサンノルブ王の改革と親露知識人―清末モンゴル近代化をめぐる対立の構図―
                                  ボルジギン・ブレン(布日額)氏(北海道大学・院)
 日中戦争における日本軍の「徴発」に関する研究―日本軍兵士が書いた日記を素材に―
                                             張煜氏(中国・南通大学)
 休憩・昼食 12時10分~13時

大会シンポジウム「大戦間期の東アジアにおけるメディア」13時~17時30分
 趣旨説明                                     島田大輔氏(日本学術振興会)
 「始政記念日=体育デー」のメディア・イベント―抵抗にもとづく動員への参加―
                                             趙相宇氏(立命館大学)
 中国語新聞『泰東日報』にある対"大連"・対"日本"―第一次大戦直後の思考とディスクールを考える―
                                          橋本雄一氏(東京外国語大学)
 日中YWCAの交流と葛藤―『女青年』『女子青年界』の記事を中心として―
                                           石川照子氏(大妻女子大学)
 大戦間期における外地言論空間の多層化―文官総督時代の台湾と新興メディア―
                                           谷川舜氏(早稲田大学・院)
  休 憩 15時40分~16時
 コメント 16時~16時30分                有山輝雄氏(元東京経済大学)・武藤秀太郎氏(新潟大学)
 総合討論 16時35分~17時30分                       司会:片山慶隆氏(関西外国語大学)

 

閉会挨拶 17時30分~17時35分                       檜山幸夫氏(東アジア近代史学会会長)

大会シンポジウム 「大戦間期の東アジアにおけるメディア」 趣旨文

 19世紀中葉に欧米からもたらされた活版印刷や電信網、そして、それら技術に裏付けられたメディアの発達は、東アジア世界を大きく変えることになった。海底ケーブルにより世界が電信網で結ばれ、活版印刷により大量印刷が可能になり、新聞・雑誌はまたたくまに普及した。大量かつ迅速な情報伝達が可能になり、外国で起きた事件の詳細な状況でさえ素早く入手できるようになった。また、新聞紙面では、政治に対する議論が盛んに行われ、各国人民の政治への参加意識が成熟する契機ともなっていく。
 こうした19世紀東アジアにおける同時多発的なメディアの成立と東アジア域内のメディアの連関については、塩出浩之によってすでに論じられている。塩出は、アヘン戦争後にイギリス人によって英語新聞がもたらされたことを契機として、日本語新聞、中国語新聞が生まれ、居留地の英語新聞も含めて、19世紀後半の東アジアにおいて、相互に転載・参照を行う報道・論説のネットワークが成立したと論じている(塩出浩之「東アジアにおける新聞ネットワークの形成」『日本歴史』2020年12月号)。では、塩出が論じる東アジアの新聞ネットワークは20世紀にどう展開していったのだろうか。19世紀後半における東アジアのメディアは萌芽期にあり、その本格的発展は、大量消費社会が成立した20世紀前半においてであった。東アジアにおけるメディアの役割を真に論じるためには、20世紀前半の状況をこそ論じる必要がある。
 そこで本シンポジウムでは、20世紀初頭における東アジア各地のメディアを取り上げる。大戦間期、つまり第一次世界大戦から第二次世界大戦の間の時期(1910年代後半から30年代後半)の東アジア各地(中国、「満洲」、朝鮮、台湾)のメディア状況を比較検討することにより、東アジア近代史にメディアが果たした役割を考える機会としたい。
 大戦間期は、三・一独立運動、五・四運動などを背景に、東アジアの知識人や学生が、メディアを舞台に知的交流を加速させた時期に当たり、大戦後のデモクラシーを背景に、各地域のメディアが成熟していく時期にも当たる。こういった時代において、東アジア各地のメディアは、19世紀後半とは全く違う展開を見せていったのである。
 メディアは、東アジア内において、各地を分断させる上でも提携させる上でも一定の役割を果たしてきた。植民地では日本からの影響が見られる一方、内発的な展開も見られ、その動向を分析する際には、複眼的な視点が必要とされる。また、中国の場合、日本とは異なる独自の動きを見せる傾向が強く、他地域よりもいっそう比較検討が可能であろう。
 本学会において、メディアを直接的なテーマとした大会シンポジウムは、これまで行われてこなかった。一方、大戦間期という時期設定は、近年続けてきた第一次世界大戦関連のシンポジウムからの連続性を有する。本学会においてメディアの役割に対する関心は従来それほど高くなかったと思われるが、本シンポジウムはそうした状況に一石を投じる機会としたい。
 なお、昨年の『メディア史研究』(メディア史研究会発行)第48号(2020年10月)では特集「メディアのアジア認識」が、『Intelligence』(20世紀メディア研究所発行)第20号(同年3月)では小特集「中国大陸でのメディアと宣伝」がそれぞれ掲載され、メディア史の側でも東アジアへの関心が高まっている。このような知的関心の高まった折に、本学会が今回、東アジア各地のメディアについて比較・総合して論じることは、こうした学界状況にも沿うものであり、一定の貢献が期待できよう。
 以上をふまえて本シンポジウムでは、中国、「満洲」、朝鮮、台湾といった東アジア各地のメディアに関して、そこで展開された言論、言説、メディア・イベント、ジェンダー、文化交流について検討していく。
 趙相宇氏(立命館大学)は、植民地朝鮮における10月1日の「始政記念日」の誕生とその展開を、『京城日報』『朝鮮日報』などのメディアや、それら各紙が主催したメディア・イベントとその報道を通して明らかにする。橋本雄一氏(東京外国語大学)は、大連で日本人と中国人が共同で発行していた『泰東日報』を材料として、第一次世界大戦直後における同紙の“大連”認識や“日本”認識をめぐる言論と思考について考察する。石川照子氏(大妻女子大学)は、大戦間期における日中両国のYWCAの機関誌(日本の『女子青年界』、中国の『女青年』)の記事から、相互交流の軌跡、国際主義とナショナリズムとの相克、ジェンダーなどの問題を考察する。谷川舜氏(早稲田大学・院)は、台湾総督府の官僚から内地の言論界に転じた下村宏や、台湾の新式知識人と接近した伊澤多喜男らと関わりの深いメディアに着目し、阿片制度などをめぐり後藤新平以来の三大紙に依拠した既得権益層とは異なる言説が、植民地台湾において形成された過程を論じる。また、メディア史研究の立場から有山輝雄氏(元東京経済大学)に、思想史研究の立場から武藤秀太郎氏(新潟大学)にそれぞれコメントいただく。
 以上のとおり、いずれの地域でも、「帝国日本」の支配とそれへの対抗、デモクラシー、ナショナリズムや都市文化など、共通する議題が多く設定できるだろう。東アジア各国・各地域のメディア史研究の蓄積は増えているが、従来、複数地域間の対話は必ずしも十分ではなかった。本シンポジウムが、そうした対話を促し議論を活性化させる機会となれば望外の喜びである。
                                        大会シンポジウム実行委員会

歴史資料セッション「保存公開資料と歴史研究者の役割」 趣旨文

 歴史資料セッションは、2000年度研究大会以降、歴史学研究と歴史資料に関わる様々なテーマを取り上げてきましたが、昨年度は寺院や神社など宗教団体が保有する歴史資料の保存公開の現状と課題について事例研究の報告が行われ、多くの寺社では歴史資料が専門家の目に触れる機会もなく、資料館などに保存される道筋も見つからず、保存空間や財政的問題などから廃棄に直面している現状が浮き彫りにされました。こうした現状は、寺社関係資料に留まらず、私文書、社史編纂資料などを含め解決が急がれる歴史資料が置かれた今日的状況といえます。
 歴史資料の保存・公開において資料館や文書館、博物館などのほか、資料公開の機能を持つ文化事業団体が今日まで果たしてきた役割は大きいものです。収蔵資料は、館員の資料情報の収集努力や調査の成果であるほか、購入や寄贈によるもの、偶然の発見の産物であったりもします。しかし、幸いにも収蔵されて散逸の危機を逃れた資料は決して多いとは言えません。
 目録の凡例や資料解説などによると、公開されている資料が必ずしも歴史の遺産として残されてきた資料の全体とは言えません。それは当該施設の資料収集方針により調査・収集の対象から除外されたり、旧蔵者の意向であったり、時間的資金的制約からやむを得ず限定的な公開となっている場合もあるからです。その意味でこうした制約を受けながら資料館などの歴史資料の体系は形づくられていると言っても過言ではありません。資料の選択的収集は特色ある資料群を構成する一面で、「残されなかった資料」を生み出してしまっているとも言えましょう。
 今年度の歴史資料セッションは、資料公開施設の特色ある歴史資料に焦点を当て、歴史研究者の果たす役割について考えたいと、つぎの三報告を用意致しました。
 第一報告は日本新聞博物館所蔵の太田宇之助関係文書を手がかりに、私文書が旧蔵者の没後、古書市場に流出し一部は公的機関に入ったものの、「残されなかった資料」もあった問題について、林銑十郎秘書宮村三郎の事例も交えて島田大輔氏(日本学術振興会)より「売られ散逸した私文書の来歴とその行方―太田宇之助および宮村三郎旧蔵史料を中心に」を、第二に日本統治時代の書籍や新聞を中心に公開している一般財団法人台湾協会の所蔵資料について、河原功氏(台湾協会)より「台湾協会所蔵資料に関連して」を、第三にユネスコの世界遺産事業の一つである世界記憶遺産に登録された「舞鶴への生還 1945-1956 シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」の資料選定作業と申請事業に、舞鶴市ユネスコ世界記憶遺産有識者会議会長としてのお立場から深く関わられた黒沢文貴氏(東京女子大学)より「舞鶴引揚記念館所蔵資料のユネスコ世界記憶遺産への登録について」をそれぞれ報告戴きます。
 歴史資料の発掘、整理に深く関わる機会に恵まれた歴史研究者が、歴史資料とどう向き合うべきか、資料館等との立ち位置などにつき、多くの方々の活発な議論を期待しております。

過去の研究大会

過去のシンポジウム

日清戦争シンポジウム(1995年)  日露戦争シンポジウム(2005年)  辛亥革命シンポジウム(2011年)